〈後編〉ひとりひとりの選択が街を変えてゆく
ポートランドのダウンタウンでファストフード店を探すのは至難の業。なんでも大手チェーンストアの出店を好まない住人がとても多く、たくさんの企業が出店を断念したという話もあるほどだ。コーヒーは地元のコーヒーロースターで買う、レストランは地産地消やオーガニックなどポリシーがあるところを選ぶ、自分のショップの内装は廃材でできたものを選ぶ。と、とにかく徹底して「高くとも地元の本物を選ぶ」という人が極めて多い。ひとりひとりの選択や消費が街を変えてゆく。そんなことを実感できたはじめての街が「ポートランド」なのです。
庭には二羽ニワトリが
まず、街を歩いていて、ユニークだなぁ、と思うのが、庭事情。多くのアメリカの一般的な家の庭は芝生で埋め尽くされ、手入れもぴっちりとされている。けれども、ポートランドの庭はハーブや野菜が中心で、雑草が生えていてもお構いなしのワイルドな状態。できることから、できるだけ、自給を試みている。そしてどうやら完璧主義ではないことが手に取るようにわかる。気張らず、無理もせずがポートランダーらしさなのかもしれない。
ニワトリや蜂を裏庭で飼っている家も珍しくなく、ポートランド市が、ニワトリ飼育のルールを作っているほど。エサは近くのスーパーマーケットでオーガニックのものが売っているという手軽さと徹底っぷりだ。住宅地には住宅地の自給の形があることを、庭先からひしひしと感じることができる。そんな風景を見て、すっかりポートランドに恋に落ちて、ニューヨークからポートランドに移住したシェフもいるほどだ。ちなみに、ニワトリは、インターネットを介して、近郊のファーマーから直接購入したりするそうだ。
自給の先にある経済
たべものの自給をしてみるときまってぶちあたる壁は、同じ時期に同じものが大量にできること。保存食をつくっても、全部同じだと飽きてしまう。そこで生まれたのが「瓶詰めの交換会」。友人同士ではじめた集まりもFacebookを介して少しずつ大きな集いになっているそう。瓶のデコレーションも工夫して、中身も創意工夫。ひとりでやるよりも、モチベーションがぐんとあがるに違いない。たべもののオフグリッド(自給)を試みた結果、人と人の繋がる場所が増えていく。人々が自給し始めることによって生まれた<交換>という小さな経済。ポートランドらしい、暮らしを楽しむエピソードです。
365日、ファーマーズマーケット
ポートランド市内では毎日どこかでファーマーズマーケットが開催されている。曜日ごとに場所が決まっていて、農家の出店はもちろんのこと、あらゆる加工品、カフェメニュー、ミュージシャンの演奏、バルーンアーティストまでさまざまなラインナップ。子どもたちがものすごく楽しそうなのが印象的だった。ここではSquare (スクエア)というスマートフォンをレジ代わりにクレジットカード決済できるサービスが主流になっていた。スモールビジネスのためのサービスの普及がめまぐるしく、どんな小さな店でも、カード決算ができるのは、さすがアメリカ。
コンパクトシティ、ヒッピー、そして自由の街
今でさえ「全米一住みたい都市」のポートランドだが、十数年前までは一地方都市でしかなかった。日本で言うと鹿児島市ほどの人口60万人弱の都市が、どうしてこんなにも注目されるようになったのか。都市の成り立ちにヒントがあった。
60年代、アメリカ国内で巻き起こった急激な都市化によって進む開発・公害・人口膨張に対して、ポートランドの人々が立ち上がった。近代化政策に反対する市長を選挙で選び、次々と既定路線の政策を撤回する中、「都市成長境界線」――開発は街中にとどめ、周辺は手付かずの自然を残す政策――が制定されたのが1979年。これにより、長い間郊外の開発は抑制され、街中では歩ける範囲にあらゆるお店やサービスがあり、郊外でも15分も自転車に乗れば回れてしまい、郊外から一歩飛び出せばすぐに大自然、というコンパクトかつ自然豊かな都市が形成された。
そして、もっと遡ること、西部開拓時代。Go West!の掛け声とともに東海岸からやって来た人々は、ゴールドラッシュに夢を求めた人々は南へ、そうでないオルタナティブな暮らしを求めた人々は北へと別れた。メインストリームから外れてシアトルやポートランドを選択した人々。この時点でちょっと変わり者だったのかもしれない。
その後時は流れ70年代、ポートランドにも南から生まれたヒッピームーブメントが波及すると、ポートランドの人々はそれを受け入れた。こうして独自のカルチャーが形成されていくことになったとも言われている。そして、街の雰囲気や取り組みに賛同した人々が移住してくることによって、さらにオルタナティブな街へと変貌を遂げているのです。
エコ≠貧しい
そして、ここまで読んで、ポートランドの人々は慎ましい暮らしをしているように思うひとが多いかもしれない。しかし、この街がおもしろいのは、ナイキの本社があり、わりと高給なクリエイティブクラスが多く、さらにその人たちの「意識が高い」というバランスにもあると思う。要するに、お金や時間の使いどころが素敵な人が多いのだ。ローカルでオルタナティブなビジネスが育ってゆくし、小さくてクリエイティブな仕事で多くの人が食っていける。その好循環がこの街をどんどんおもしろくしている。
暮らしかたをDIYする
Airbnbのエミリーとアダムの家に泊まっていた時のこと。「今から湖にキャンプに行ってくる」と、思い立ったらすぐ行動。ものの10分で1泊分の荷物を車に積んで旅立っていった。夏の夕暮れ時、外では庭先で家族と夕飯をたべる人、友人らと談笑する人、ひとり本を読む人。ポートランドでは1年の2/3もの間、太陽が出ない。だからここぞとばかり夏を楽しもうとする(それは緯度が同じの姉妹都市、札幌とどこか似ている)。この街にはカラオケもゲームセンターもない。だけど、「娯楽」はたくさんあった。みんな自分の時間の使いかたを知っているように見えた。
旅を通じて、ポートランダーのDIY精神は家造りに限らないと気づいた。彼らは暮らしかたそのものもDIYしているのだ。家も、食べものも、娯楽も、仕事も。与えられた選択肢ぶ・消費するという姿勢とはどうも違う。むしろ気に入るものがなければ作る、と徹底している。
そんな彼らでもマイケル・ムーアが描くような母国アメリカにうんざりしていような空気を感じることがあった。それでもというか、だからこそというか、なおさら自分たちは、美味しく、楽しく、カッコよく、フェアで、サステナブルでハッピーに暮らすんだ、ということに貪欲なのかもしれない。
2回にわたってお届けしてきたポートランド特集、いかがでしたか。来年の夏もまたポートランドへ行こうと企んでいます。にやにや。みなさんもポートランドに行く機会があれば、せっかくなのでガイドブックに紹介されているお店に行くだけでなく、一歩踏み込んで暮らしのDIYの精神を浴びるように体感することをオススメします!